熊本日日新聞が、熊本県内45市町村のうち9市町村で、災害関連死の認定に必要な審査会の開催規定が整備されていないと報じました。
さらに、審査会の規定がある36市町村のうち、八代市や氷川町など10市町では、審査会の委員に弁護士などの法律家を加えることが明記されていなかったとのことです。
私は取材を受け、次のようにコメントしました。
「審査会では医学的な知見が重視される傾向があり、法律上の相当因果関係が十分に審査されない可能性がある。関連死の認定は、遺族の心の復興に大きな影響を与える。実態をよく知る市町村が審査会を開き、委員に弁護士を3人入れて適切に審査する必要がある」
今回の報道で最も重要なのは、審査会の規定が事前に整備されていないこと自体ではありません。
本当の問題は、災害関連死の審査において、何を判断しなければならないのかという基本的な理解が、自治体の中で十分に共有されていない可能性があることです。
災害関連死とは
災害関連死とは、地震や津波、豪雨などによってその場で亡くなる「直接死」とは異なり、避難生活や生活環境の急激な変化、必要な医療や介護を受けられなかったことなどによって体調が悪化し、亡くなった場合をいいます。
2016年の熊本地震では、死者275人のうち220人が災害関連死でした。直接死の4倍を超えています。
災害関連死と認定された場合、遺族には災害弔慰金が支給されます。主たる生計維持者が亡くなった場合は500万円、それ以外の場合は250万円です。義援金などの支給対象になることもあります。
しかし、災害関連死の認定が持つ意味は、お金だけではありません。
遺族にとっては、「災害とは関係なく亡くなった」のか、それとも「災害によって命を奪われた」のかという、極めて重い問題です。「災害によって命が奪われた」と思い申請した遺族に対し、行政が「災害とは関係ない」と突きつけることの影響力は大きいです。
適切な認定は、亡くなった方と遺族の尊厳に関わります。そして、どのような避難生活や行政対応が死につながったのかを明らかにし、その経験を次の災害における関連死の防止につなげるという意味もあります。
審査対象は「医学的な因果関係」ではありません
災害関連死の審査では、医師の専門的な知見が不可欠です。
しかし、審査会が最終的に判断するのは、災害が医学的に唯一の死因だったかどうかではありません。
審査の対象となるのは、災害と死亡との間に「法律上の相当因果関係」が認められるかどうかです。
ここが、最も重要な点です。
もともとの持病があったとしても、それだけで災害との因果関係が否定されるわけではありません。
災害後に避難生活を余儀なくされたこと、住環境が悪化したこと、医療や介護が中断されたこと、転居を繰り返したこと、食事や服薬の状況が変化したこと、強い精神的なストレスを受けたことなど、死亡に至るまでの経過を総合的に検討する必要があります。
災害がなければ、その時期に、そのような経過をたどって亡くなることはなかったと評価できるのか。
これは医学上の死因だけを確認すれば判断できる問題ではありません。事実関係を調査し、過去の裁判例や認定事例を踏まえて、法律上の相当因果関係を判断する作業です。
なぜ審査会に弁護士が必要なのか
災害関連死の審査対象が法律上の相当因果関係であるということが正しく理解されていれば、審査委員に弁護士が必要であるという結論は、むしろ当然に導かれます。
医学的な知見については医師が必要です。
一方、集められた資料や死亡に至る経過から法律上の因果関係が認められるかを判断するには、法律上の相当因果関係の正しい考え方や裁判例、証拠評価に精通した法律家が必要です。
しかも、できれば複数、基本的には3人の弁護士が参加し、異なる視点から検討できる体制が必要です。
ところが、今回の報道によれば、審査会の規定がある熊本県内の36市町村のうち、10市町では弁護士などの法律家を委員に加えることが明記されていませんでした。
逆にいえば、これらの自治体では、災害関連死の審査対象が法律上の相当因果関係であるという、制度の最も重要な部分が十分に理解されていないおそれがあります。
仮に、災害関連死を主として医学的な問題として捉え、医師の意見だけを中心に審査してしまえば、法律上は災害との相当因果関係が認められる事案であっても、不認定とされる可能性があります。
つまり、本当は災害関連死である人が、災害関連死ではないと判断されてしまうおそれがあるのです。
これは、審査委員の肩書をめぐる形式的な問題ではありません。
認定結果そのものを誤らせる可能性のある、制度の根幹に関わる問題です。
日弁連が新たな審査指針を公表
日本弁護士連合会は、2026年8月20日付で、「市町村における災害関連死審査会の審査指針」を策定しました。
私も、この指針の作成に深く関与しました。
この指針は、災害関連死の審査における因果関係の考え方だけでなく、審査会の構成、資料の収集、調査の方法、審査の進め方などを具体的に示しています。
その根底にあるのは、災害関連死の認定が、単なる医学的判断ではなく、災害と死亡との法律上の相当因果関係を判断する手続であるという考え方です。
そのため、審査会には医師だけでなく、法的な因果関係の判断や証拠評価に精通した弁護士が3人参加する必要があります。
また、被災者がどのような生活を送り、どのような支援を受け、あるいは受けられなかったのかを調査するには、被災者の生活実態を把握できる市町村が主体となることが重要です。
小規模な自治体については、複数の市町村が合同で審査会を設置したり、同じ専門家が複数の市町村の委員を兼ねたりする方法も考えられます。県や弁護士会などが、専門職の確保や審査会の運営を支援する仕組みも必要です。
まず共有すべきは「何を審査する制度なのか」
審査会を災害発生前から常設しておくことが、最も重要なのではありません。
災害が発生した後、必要な時期に、適切な構成で審査会を設置できればよいのです。
それよりも重要なのは、災害関連死の審査対象は法律上の相当因果関係であるという正しい知識を、自治体の担当部署や意思決定に関わる職員の間で、平時から共有しておくことです。
この点が理解されていれば、審査会には医師だけでなく弁護士が必要であること、しかも法律実務に精通した弁護士を複数加えることが望ましいという結論に至るはずです。
逆に、この基本的な理解がないまま審査会を設置しても、適切な審査は期待できません。
形だけ審査会が存在していても、そこで判断すべき対象を取り違えていれば意味がないからです。
亡くなった方が死亡に至るまでの経過を丁寧に調査し、災害との法律上の相当因果関係を適切に判断すること。そして、認定された1つ1つの事例から、避難所、医療、介護、福祉、在宅避難者への支援など、次の災害で改善すべき課題を見いだすこと。
それが、災害関連死の審査制度に求められている役割です。
今回の熊本日日新聞の報道が、熊本県内だけでなく、全国の自治体において、審査会の有無を形式的に確認するだけでなく、「災害関連死の審査で何を判断するのか」という制度の原点を改めて確認するきっかけとなり、日弁連が策定した「市町村における災害関連死審査会の審査指針」が広まることを期待します。
参考資料





